本当に、気が触れたかと思うぐらいお前が愛しい
「あれ?アーサー君、どうしたの?」
「イヴァン………」
嫌な奴と鉢合わせになったと内心舌打ちをする。
何時もと変わらず薄い笑みを浮かべているイヴァンはアーサーに一歩近づいた。
「会議室に忘れ物して取りに行く所だ」
「ふふ、相変わらず忘れ物多いねぇ」
痛いところを突かれ、グッと口ごもる。
反論できないのは悔しいが、別に重要な物を忘れたわけではないので良しとしてもらいたい。
「そう言えば、此の後二次会があるって知ってるか?
会議の後フランシスが勝手に喚いて決行になったんが……」
「うん、知ってるよ。でも残念だけど仕事があるから帰らないといけないんだ」
残念そうに眉根を寄せる彼に、アーサーは短く、そうか、と返す。
話しは続く気配を見せず、実際にフロアに他の連中を待たせているので此処で足止めを食らうわけにはいかない。
彼は断りを入れ、イヴァンの横を通り抜けようと足を進めた。
「待って」
「!?」
大きな手に腕を鷲掴みにされる。強く握られている所為でミシリと骨が悲鳴を上げた。
振り払うにも其れが出来ず、仕方なくアーサーは彼を見る。
「何だ?」
「君は本当に大事にされているんだね」
ジョーンズ君に。
凍えた笑みを浮かべるイヴァンの意図が見えず、アーサーは沈黙を守った。
「あのね、僕ジョーンズ君が大事にしてるモノ見ると無性に壊してみたくなるんだ」
「っ、」
「其れが壊れたときのジョーンズ君の表情は、一体どんな風に歪むのかな?」
見てみたいんだ、と無邪気に言う。アーサーは固唾を飲み込むと長い溜め息を吐いた。
自由な方の手で鈍痛のする頭に手を当てる。
「イヴァン」
不意に嗤い、彼が常時身に着けているマフラーを力ずくで自分の方へと引っ張る。
「アイツのモノである俺が、そんな簡単に壊れるとでも?」
俺を壊せるのはアルフレッドただ一人だけ。
「テメエに壊されるほど、俺はヤワじゃねえ」
「ふふ、ふふふ…。僕ジョーンズ君も好きだけど、
アーサー君も気に入ってるんだよ。特に君の其の自信に満ちた目がね」
嫌いじゃないんだ。
「ちょっと、アーサー!流石に遅すぎるよ!」
大きな足音を立ててアルフレッドがずかずかと此方に歩いてくる。
腕からイヴァンの手が外れたかと思った瞬間、胴に逞しい腕が回され足が床から浮いた。
「おわわわわっ!」
「五月蝿いよ、君。やあ、イヴァン。君も行くのかい?」
「今回は無理なんだ。直ぐに国に帰るよ」
「そうなのかい?残念だなぁ」
全く残念そうではない声音でアルフレッドが言う。
「じゃあまたね、ジョーンズ君、アーサー君。
次の会議で会えるのを楽しみにしてるよ。…、あ。言い忘れてたよ、アーサー君」
袖の間から見える包帯、素敵だね。
静かに去っていくイヴァンを半ば呆然としながら見ていると、上から嫌な視線を感じた。逃げ出そうと体を反らすが、足は地面に着かないし、
荷物の様に自分を抱き上げてる男は機嫌が急降下しているのが手に取るように判る。
「お、おい、アル。そろそろ降ろし、」
「君の忘れ物は何処にあるんだい?」
ヒーローだから連れて行ってあげるよ!
顔は笑っているのに目が笑っていない。冷や汗が伝うのを己の中で誤魔化し、目の前にある会議室の扉を指した。
「フランシス達は先に行くって言っていたから俺が君を迎えに来たんだよ」
「おう」
「まったく、此処に来るまでに30分とか有り得ないね!」
「………悪ぃ」
ポコポコと怒っているアルフレッドに気を使いつつ、忘れ物であるお気に入りの万年筆を回収した。
「彼と何の話をしてたの?」
「…………」
「言いたくないのなら良いけどね。途中から聞いてたから」
「へ?」
聞いていたのかと喚くアーサーを露骨だなぁと思いながら見つめる。
彼の百面相は何時見ても飽きないのが良いところだ。
「アーサー」
「あぁ!?」
顔が元ヤン時代に戻っていると指摘したいところだが、如何せん自分は彼の海賊時代を知らない。
フランシスやアントーニョ辺りが詳しく知っていそうだが、彼等の反応を見ると聞くのは少し躊躇われた。
「アーサー、君のモノである俺も君にしか壊せないよ?」
「なっ!?」
「アーサーが俺にしか壊されないのと同じでね」
まぁ、壊すつもりなんて無いけど。
「それにしても、君って偶に恥ずかしいこと普通に言うよね」
「お、お前に言われたくねえよ、ばかぁ!!」
顔を真っ赤にして怒るアーサーの額にキスを落とす。
自分よりも遥かに長寿で、懐古主義な彼が堪らなく愛おしい。
何故かと聞かれたらかなり困る。自分でもよく分からないのだから。
やんわりと包帯が巻かれたアーサーの手首を掴み、慈しむように口付けた。
「好きだよ、アーサー。だからあまり危険な行動はよしてね」
「危険な行動なんかしてねえよ…」
「因みに人の怒りを煽るのもね」
「……善処は、する」
まるで菊じゃないか!
骨が軋むほど抱き締められる。痛みに顔をしかめるが、応えるようにしっかりと背にを腕を回した。
「…………なぁ、アル。俺偶に思うんだけど、俺、お前のこと気が触れたかと思うぐらい愛おしい」
「っ!?」
「だからさ、ずっと一緒に居てえんだ」
そう言って片手だけ背中から外し、アルフレッドの手首を掴む。自分と全く同じ位置にあてがわれた包帯にキスをした。
(馬鹿だなぁ。そんなの当たり前じゃないか!!)
(腕の力入れすぎだ!!折れる!)
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